
平成15年度 PTA指導者地区研修会
■浜松・西遠地区 |
6月27日(金)
於 呉竹荘
参加者 134名 |
1. 開会のことば
裾野高校P会長 勝又 保
2. 常任理事校あいさつ
浜松北高校PTA会長 須山 宏造
3. PTA指導者研修会報告
浜松西高校PTA副会長 山口 高平
県教育委員会主催により、平成15年度PTA指導者研修会が、6月14日(土)に静岡市の「あざれあ」で開催された。幼・小・中・高のPTA役員約170名が参加し、研修テーマは「新たな時代を拓くPTA活動のありかた」であった。
午前中、文部科学省生涯学習政策局社会教育課長の折原守氏による「新しい時代の教育改革―教育基本法の改正について」という講演が行われた。講演内容は
(1)教育基本法の改正、
(2)教育改革、
(3)PTAへの期待、であった
(1)については、「信頼される学校教育の確立」「知の世紀をリードする大学改革の推進」「家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進」「公共に主体的に参画する意識や態度の涵養」「日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養」「生涯学習社会の実現」「教育振興基本計画の策定」という七つの視点を基に、十一条から構成される現教育基本法がどのように改正されるかが示された。
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沼津・駿東地区研修会 全体会 |
(2)については、「確かな学力」と「豊かな心」を子供たちに育むことを目標にして、「わかる授業で基礎学力の向上を図る」「多様な奉仕・体験活動で心豊かな日本人を育む」「楽しく安心できる学習環境を整備する」「世界水準大学作りを推進する」「新世紀にふさわしい教育理念を確立し教育基盤を整備する」という七つの重点戦略が説明された。
(3)については、「自分の子供に関心を持つ」「学校を訪問して学校を実際にみる」「学校に関わりをもち、要望を伝える」「可能ならば学校を支援する」の4点が示された。
講演終了後、在原守氏とコーディネーター谷澤久美子氏(静岡県人づくり推進員)の対談が行われ、その後、会場からの質問を受けた。会場からは「教育改革するには受験制度の改革が必要ではないか→静岡県でも入試改革が実施されている」「問題ある生徒がいた場合学校が家庭にどれだけ入り込めるのか→ケースバイケースで一概には言えない」などの質疑応答がなされ、また、教育改革を周知させるためのビデオつくりなどの要望が出された。最後に「生きる力を育むことは難しい課題ではあるが、やはり親が子供に生きた手本を見せていくことが重要であろう」というコーディネーターの言葉で講演会は締めくくられた。
午後からは、分科会形式で研修が進み、高校分科会は、各高校からPTA役員中心に20名程度が参加し、山口房枝氏(静岡地区少年サポートセンター指導員)による「青少年の問題行動と家庭教育」という講演が行われ、犯罪や非行に関わる子供達や保護者からの相談に応じる少年サポートセンターの活動として「少年補導」と「街頭補導」の取り組みが具体的に紹介された。例えば、非行に走る子供達の特徴として「ほめられたことがない」「自分の居場所がない」「今がよければよい、未来が否定されている」などの点が指摘され、また、子供を本当に観察することが大事であり、具体的には「今日は何かいやなことがあったみたい」のように一行日記をつける方法が紹介された。本分科会は、興味深い話が多く大変参考になった。
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4. 講 演
「夢追いかけて」
(全盲の熱血教師・金メダリスト、 河合純一さんとの出会い) |
| 講師:那須田 稔氏(児童文学者) |
児童文学者で、現在舞阪町で「ひくまの出版」を経営されている氏は、ご自身の経歴や生き方を語り始めた。
次に、河合純一さんとの出会いから、バルセロナ、アトランタ、シドニーでの各パラリンピックにおける河合さんの活躍や今後の夢について紹介された。やがてそれは、氏の生き方が河合さんの生き方に重なっていることに気づくのだが、大きな共通点は、大きな夢に向かって挑戦することであり、その個人の夢が、自分を支えてくれる回りの人々にも大きな勇気や夢を与えてくれるということである。
「明日戦争に行きます」と語りだした小学校の担任が、「風の又三郎」を朗読してくれた。「ドッドド ドドード ドッドド ドドー」と読むに合わせて50人の生徒が一緒に発声した。中国ハルピンでの辛い少年時代、石炭担ぎの労苦の際にもその思い出が鮮明に蘇り自分を励ましてくれた。このとき、ひとつの物語のもつ重さを実感した。
終戦後浜松に戻り、土木建築業を営んでいたが、父親の交通事故死を機に妻子を伴って上京、講談社へ自分で売り込みに行くなどして本格的な文筆活動に入っていった。
やがて郷里に戻り、児童文学専門の「ひくまの出版」を設立して国際交流にも力を入れるようになった。そんな折、舞阪町出身の河合純一さん(当時早稲田大学四年生)に出会った。
河合さんは中学三年の二学期に全盲になってしまったが、「ふじやまのトビウオ」の本を励みに水泳を諦めなかった。進学した筑波大学附属盲学校で水泳の指導者に啓蒙され、パラリンピック出場の目標を抱き、自身も教育者になりたいと考えるようになった。
水泳と勉学に励む中、河合さんの本の出版展示会場に教員採用通知が届いた。教育長や副知事の英断でもあった。当時の遠山文科大臣は「単に日本の先生というだけではない。全世界の先生としての意味を持つ」と評している。
全盲の教師として母校舞阪中学校に赴任した河合さんは、生徒に励まされてシドニーオリンピックに出場し、金メダリストとして帰ってきた。そこには「肩につかまってよ」という優しい生徒達が待っていた。昼間は先生として、夜は水泳選手として必死に練習する河合さんの姿を見て育った生徒たちであった。
その生徒達に、「夢から逃げることはいつでもできるが、僕にとっては屈辱的なこと。夢への努力を続けるのは今しかない」と語っている。
「風の又三郎」を読んで出征していった恩師および全盲の教師河合純一さんとの出会いの幸運に感謝しつつ、皆さんには映画「夢追いかけて」で河合さんと出会ってほしい。 |

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